2013/03/04

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マミーローズとホルムさん

category - 未分類
2013/ 03/ 04
                 
ベルギーはブラッセルに住んでいた時のことです。

4階建ての小さなアパートの1階に住んでいました。
2階には独身のドイツ人女性(ホルムさん)と
88歳のベルギー人のおばあさん(マミーローズ)が住んでいました。

マミーローズは昔音楽大学のピアノの教授をしていたそうです。
遊びに伺った時に私がピアノを弾かせていただくと、
「良い先生に習ったのね」とほめて下さり、
それから時々お邪魔しては弾かせていただきました。

おばあさんは私が外に出ると2階の窓からいつも私に話しかけます。
「日本から便りがあった?日本のみなさんはお元気?」と。

最初は分からなかったフランス語ですが、いつも同じ質問をされるので、
段々耳が慣れて彼女の質問にはちゃんと答えられる様になりました。

偶然にも私のフランス語会話の先生がおばあさんの娘さんだったので、
その日習ったフランス語は必ずおばあさんの所に行って使う様にしました。
「今日習ったのは~」と復習しました。
私にとっておばあさんは最高のフランス語の先生でした。                          

マミーローズとフランス語の復習中
マミーローズとフランス語会話の復習中           


また誰かが
「魚を焼いた時の煙の臭いを西洋人は嫌うので
 漏れない様に気を付けた方が良い」
と言っていたのを思い出し、
漏れた時に2階のドイツ人女性ホルムさんに
お詫びのメモお渡ししたことがあります。

20ホルムさん、お世話になりました 10月12日
ホルムさんと

「気にしないで大丈夫です。好きな時にお魚を焼いて下さい」
と、彼女はお返事を下さいました。

img205.jpg
ホルムさんから頂いた最初のメモ

それからは何かある毎に折り紙をメモ用紙にしてお渡ししました。
ベルギーを去り毎年クリスマスカードを交換していましたが、
10年以上経ってから彼女の家を訪問したことがあります。

ベルギーからドイツのご自分の家に戻っていましたが、
その時「私の宝物をお見せしますね」
と言って取り出して見せて下さったのが 
私が差し上げた沢山のメモでした。

彼女は「今でも大切にしているのよ」
と言って下さいました。
本当に嬉しく思いました。


マミーローズが入院した時も亡くなられた時も
彼女が連絡して下さいました。
ベルギーに住んでいたのは1年程でしたが、
今でも忘れられないご近所付き合いでした。

マミーローズをお見舞いに。
入院中のマミーローズの所にホルムさんとお見舞いに 



K.T(日本)
                         
                                  
    
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